承認欲求―「認められたい」をどう活かすか?

 

承認欲求―「認められたい」をどう活かすか?

承認欲求―「認められたい」をどう活かすか?

 

 

 いつ頃からか「承認欲求」という言葉が巷を席巻している。その使われ方も多くは、「構ってちゃんをイワしたる・マウントしてくる奴に反撃したい」ために用いられるか、もしくは、それが転じて、「敢えて自虐的に承認欲求を主張することで謙遜を表す」、大別すると大体この二種類に分類できるのではないかと思う。
 まあ私がtwitterなどで検索した限りの印象なので、違うと思われる方はブラウザの戻るボタンを押すべきである。わざわざ不快になる文章を読む必要などどこにもない。
 前置きはまだまだ続くが、私は本の中身について語る気など毛頭なく、文章の練習に主眼を置いているので、内容が知りたい方はkindleunlimitedで0円で読むか、amazonレビューなどで読んだつもりになっておけばよい。
 さて、「承認欲求」について。そもそも私はこの言葉が大嫌いである。他人に認められたいという欲求がない者は、社会と距離を置き、最低限の生存に関わる部分だけ社会と接して生きていけばよい。事実そうしている者も少なからず居るだろうし、宝くじが当たれば社会からドロップアウトする、という意見もよく聞く言葉である。
 承認欲求を悪しきように言うことは、つまり、そういう者になれ、と言っているようなものである。私は社会と文明の利器から大いに恩恵を受けており、そういう者が多数派になった未来など、全く暗黒の時代であるとしか思えない。まあ私自身も社会のあぶれ者であるので、少数派ならば全然構わないとは思う。
 実態の伴っていないアピールに腹が立つ、という意見もあるだろう。しかし、うわべだけの人間などそうそう認められるものでもないし、ハッタリであろうと支持されればそれは彼らにとっての真実なのである。
 ではなぜここまでこの承認欲求という言葉が持て囃されるのか? それについては私はあまり興味が持てないし、分析する気力も起きないので、ストロングゼロでも飲んで寝た方がマシである。
 散々な言いようではあるが、最近はこの言葉が人口に膾炙するあまり、謙遜の意味で用いられることが増えてきたように思われるので、それ自体は、良い傾向であると感じている。

 では、本文について少しだけ。
 なお、なぜこの著書を取り上げたかについては、wikipediaで引用文献とされていたからである。私の不満の捌け口とされた著者には、ただただ憐憫の情を申し上げる。

 日本人こそ、世界でも指折りの「承認人」なのである。(Kindleの位置No.286)

 では、「偉くなりたいか」という質問に対して、「強くそう思う」と答えた者は中国では三四%、アメリカや韓国でも二二%強も存在するのに対し、日本ではわずか八%である(Kindleの位置No.627-629)

 言ってることと調査内容が逆で脳が疲労する。誰も読まない文章を書いてる空しさが倍増してたまらない。
 いやまて。これは高度なレトリックか何かで、著者はもしかしたら「ストロングゼロでも飲んで寝ろ」と人生の先輩として教訓を伝えてくれているのかもしれない。もう少し読み進めよう。

 これらの調査結果にも表れているように、日本人は長期の承認である〈キャリアの承認〉より、短期の承認である〈日常の承認〉を重視する傾向が強い。(Kindleの位置No.637-639)

 一応このような補足もあるので、まあ到底納得できない理屈ではあるが、悪いのは私の品性の下劣さであり、著者は全く悪くない、と擁護しておきたい。

 しかし、人間はいつまでも〈日常の承認〉だけで満足していることはできない。一般に年齢が上がって経験を積み重ねるにつれて、現在の刹那的な喜びや満足だけではもの足りなくなり、自己実現や成長実感といった内面的な充実感、あるいは社会のために役立っているという満足感を求めるようになる。また、そうした充実感、満足感を得るためにも社会からの尊敬や信頼、それにキャリアアップやある程度の出世が必要になってくる。つまり、人間的にも能力的にも成熟度を増すにつれて長期的な承認が重要になるわけである。(Kindleの位置No.915-920)

 日本は高齢化社会であるため、やはり前述の調査内容と矛盾しているように思える。
 ただただ、読み進めるのが辛い。この本はもしかして私が封じ込めようと努力している自分の露悪趣味を再認識させるための自己啓発本なのだろうか?
 とりあえず読み進めてみたが、あまり共感や納得の得られる理屈は見られなかった。
 そもそも私は心理学というものを大概信用していないのである。
 信用していないからこそ、それをひっくり返すような、納得できる理屈を求めているのである。
 二つ続けて心理学についての書評になってしまったことはまさに、その裏返しである。
 amazonレビューでは概ね好評であるし、これ以上語っても自分が間違っているのではないかという被害妄想に囚われそうなので、この辺りで締めにしたい。

 最後に、ある講演の動画を紹介しよう。

 デレク・シヴァーズ 「目標は人に言わずにおこう」
https://www.ted.com/talks/derek_sivers_keep_your_goals_to_yourself/transcript?language=ja
 目標を人に話し 認めてもらうと それが一種の― 社会的現実になることに 心理学者は気づきました もう実現したかのように 心が錯覚してしまうのです(Translated by Yasushi Aoki)

 実験やフィールドワークを通して、日本人が美徳とする「奥ゆかしさ」をアメリカ人が獲得しているのを見ると、なんともはや、としか言いようがない。